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東京高等裁判所 平成9年(ラ)605号 決定 1997年5月20日

主文

一  原決定を次のとおり変更する。

二  抗告人は、本決定確定の日から一四日以内に別紙第二記載の文書を原審裁判所へ提出せよ。

三  相手方のその余の申立てを却下する。

四  抗告費用は、これを一〇分し、その一を相手方の負担とし、その余を抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人は、「原決定を取り消す。相手方の申立てを却下する。」との裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。

相手方は、「抗告人の本件抗告を棄却する。抗告費用は抗告人の負担とする。」との裁判を求めた。

二  そこで、本件文書の提出命令の当否について検討する。

一件記録によれば、相手方は、本件訴訟において、抗告人による薬品「トラニラスト製剤」の製造販売行為が相手方の特許権(登録第一〇九六七二四号)を侵害したものであるとして、特許法一〇二条一項の規定により、抗告人に対し、抗告人が当該製造販売行為により受けた利益の額をもって相手方の損害額として、その賠償を請求するものであり、本件文書提出命令は、相手方のした特許法一〇五条を文書提出義務の原因とする平成六年三月二五日付文書提出命令申立書(同年一一月一八日付訂正書)に基づく文書提出命令の申立てを理由があるとしてなされたものと認められる。

ところで、特許法一〇五条は、民事訴訟法三一二条以下の文書提出に関する規定の特則として、裁判所は「当該侵害の行為による損害の計算をするため必要な書類の提出を命ずることができる」と規定したものであって、特許法一〇二条一項、二項が特許権侵害による損害賠償請求訴訟において、権利者の損害額立証の困難さを解消する目的で民法七〇九条の規定の特則として設けられたことに対応して、その規定をより実効のあるものとする規定であり、裁判所が提出を命じた書類が「当該侵害の行為による損害の計算をするため必要な書類」と認められるときは、後述する一〇五条但書きに該当しない限り、その命令は適法になされたものというべきである。

そして、本件文書提出命令の対象とされた別紙第一記載の各文書は、薬品の製造販売等を営む事業者が法令上作成備付けを義務付けられている文書ないし同事業者が通常の事業活動を行う上において当然作成備付けていると認められる文書であり、その性質及び通常予定されている記載事項に照らし、当該事業者がその事業活動としてなした製品の製造販売行為の内容ないしこれと密接に関連する事項を記載した文書であって、当該製造販売行為が特許権侵害の行為に該当するときは、その記載内容は当該行為によって得た利益の額を計算する資料となり得る文書と認められ、これを損害額立証のための証拠とする相当性があり、原決定において提出を命じた範囲が不必要に広いとはいえない。

ただし、<1>のうち、平成二年二月一日から平成五年一月一八日までの期間の貸借対照表、損益計算書は乙第三三二号証の一ないし四として既に提出されており、これらの書類と<2>の営業報告書以外に損害の計算に必要な決算報告書が存在するとは認められないから、本件文書提出命令の申立ては、<1>については、商品名ベセラールカプセルについて平成二年一月二二日から同月三一日までの、商品名ベセラールドライシロップについて同年一月二一日から同月三一日までの、貸借対照表、損益計算書の提出を命ずる限度で理由がある。

これらの点について、抗告人は、相手方が抗告人に請求する損害賠償の始期は、平成四年一〇月一日であり、抗告人の販売した製品の製造が厚生大臣から許可されたのは、平成二年三月五日であるから、原決定が提出を命じた文書のうち、平成二年一月二二日から平成二年九月までの分は根拠がない旨主張するが、一件記録によれば、相手方は本訴において抗告人に対し、平成二年七月一日から特許権の存続期間である平成五年一月一八日までの損害賠償を請求していることが明らかであり、また抗告人が商品名ベセラールカプセルについて製造承認を受けたのは平成二年一月二二日、商品名ベセラールドライシロップについて製造承認を受けたのは同年一月二一日であって(このことは当事者間に争いがない。)、損害賠償の始期前であっても、製造承認を受けた日以後の前記各文書の記載内容は抗告人の前記販売行為と密接に関連するものであるから、これらの文書を提出命令の対象としたことに根拠がないとはいえない。

また、抗告人は、<2>営業報告書は乙第三三二号証の一ないし四、<5>得意先別元帳(売掛台帳)は乙第三二八号証の一ないし四、<6>仕入先別元帳(買掛台帳)と<8>仕入元帳・仕入伝票は乙第三二七号証、<7>のうち、売上元帳は乙第三二八号証の一ないし四、売上伝票と<11>のうちの出庫伝票及び<12>在庫表は乙第三二九号証、<17>製造指図書・製造記録書は乙第三三〇号証の一、二でそれぞれ提出済であり、<11>のうち製品受払台帳は乙第三二八号証の一ないし四で代用可能であり、右以外の文書は基本的に提出の必要がないものであるか、他の乙号証で代用できるものであるか、存在しないものである旨主張する。

しかしながら、抗告人主張の乙第三三二号証の一ないし四は、営業の概要を記載した営業報告書に該当するものではなく乙第三二七号証、第三二八号証の一ないし四、第三二九号証、第三三〇号証の一、二は、いずれも前記提出命令の対象文書の一部について記載されたものが提出されているにすぎず、それが相手方において特許権侵害と主張する薬品の製造販売行為により抗告人が得た利益を計算するために必要な事項をすべて含んでいるか明らかでなく、これらの乙号各証のみでは前記損害の計算を的確にすることができないものであり、また抗告人主張の提出済の乙号各証をもって前記提出命令に係る文書と代用することはできないと認められ、さらに同文書を提出の必要のあることは前述のとおりであるから、抗告人の右主張はいずれも理由がない。

三  抗告人は、抗告人のみならず株主の利益のためにも、その営業秘密を守ることは絶対的要請であるところ、抗告人と相手方とはいわゆる製薬業界の同業他社であり、激しい競争社会の中にあるから、本件特許に係る化合物であるトラニラストに関する部分はやむを得ないとしても、他の医薬品について、相手方が本件文書提出命令を利用して同業他社の医薬品の得意先、売上、経費率、利益率を知ることになれば、今後の販売競争等において当然に有利な立場に立つことになるから、原決定が提出を命じた文書の範囲は、争点及び相手方の請求の範囲を逸脱したものであって取り消されるべきである旨主張する。

抗告人の右主張は、特許法一〇五条但書きの「その書類の所持者においてその提出を拒むことについて正当な理由がある」ことを主張するものと認められる。

しかしながら、本件各文書に他の医薬品についての同業他社の得意先、売上、経費率、利益率が記載されているからといって、そのことから本件各文書が当然に「秘密として管理されている事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」といえないのみならず、仮にそのような情報を含んでいたとしても、それが相手方において特許権侵害と主張する薬品の製造販売行為により抗告人が得た利益を計算するために必要な事項を記載した文書と一体をなしている以上、少なくとも相手方との関係においては営業秘密を理由に当該文書の提出命令を拒む正当な理由とはなり得ない。本件文書提出命令に基づいて本件各文書が提出された場合に営業秘密が不必要に開示されることを避けることは、訴訟当事者の申出との関連において原審裁判所において訴訟指揮等により適切に措置すべき事柄である。したがって、抗告人主張の事実をもって本件各文書の提出を拒む正当な理由があるということはできない。

四  以上のとおりであるから、本件文書提出命令は、既に証拠として提出されている別紙第一<1>のうちの平成二年二月一日から平成五年一月一八日までの期間の貸借対照表、損益計算書等の決算報告書の提出を求める部分は失当であって相手方の文書提出命令申立てを却下すべきであるが、その余の部分はすべて正当であって抗告人の本件申立ては理由がないので、抗告費用はこれを一〇分し、その一を相手方の負担とし、その余を抗告人に負担させることにして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 竹田 稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

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